Hana/Rentaro Taki
4月4日に配信した滝廉太郎作曲・武島羽衣作詞「花」の曲目解説です。音楽の教科書にも取り上げられており、滝廉太郎が作曲した曲の中でも広く親しまれている曲です。
滝廉太郎について

上の写真は大分県大分市にある滝廉太郎の銅像です。
滝廉太郎(1879~1903)は、大分県出身の作曲家です。官僚であった父親の転勤に伴って富山県や神奈川県に移り住んだ時期もありましたが、彼自身は大分県にとても愛着を持っていました。
1894年9月に、15歳の若さで東京音楽学校(現・東京芸術大学)に入学します。史上最年少で入学した廉太郎は、在学中に作曲とピアノの修練を積み、才能を伸ばしていきます。
学生時代、当時の文部省からドイツへの留学命令が出されますが、作曲家としての実績が何もないことに満足していなかった彼は留学延期を願い出ます。
西洋音楽に日本語の訳詞をはめ込むだけではない、オリジナルの作品を作曲するために試行錯誤した結果、数々の名曲が生み出されました。「荒城の月」や「花」で特に好評を博し、日本人で3人目となる留学生としてついにドイツに渡ることになります。
この時廉太郎は22歳。留学先のライプツィヒ音楽院でも「荒城の月」は大絶賛され、その才能は輝くばかりでした。
しかし、風邪をこじらせて肺結核を患ってしまい、志半ばで日本に帰国することになってしまいます。大分県で静養していましたが、23歳という若さで亡くなってしまいました。
現在知られている作品は大半がドイツ留学前に作曲されたものです。誰もが口ずさめる「鳩ぽっぽ」や「お正月(もういくつ寝ると~」も彼の作品です。
彼の作品が課題曲となっている瀧廉太郎記念 全日本高等学校声楽記念コンクールも毎年開催されています(昨年はコロナウイルス感染拡大のため初の中止)。
日本の作曲家の中で、後世までもっとも影響を与えている作曲家といっても過言ではないでしょう。
武島羽衣について

武島羽衣(たけしまはごろも・1872~1967)は、本名を武島又二郎といいます。日本の国文学者であり作詞家です。
1897年に東京音楽学校の教員となり、滝廉太郎と出会います。1900年、助教授となっていた滝廉太郎とともに「花」を発表しました。
学生時代から詩人としての評価が高く、詩集だけでなく校歌の作詞なども手がけています。また、女性の教育にも尽力し、日本女子大学をはじめとするたくさんの学校で教鞭をとりました。
曲目解説と演奏のポイント

「花」はもともと歌曲集“四季”の第1曲目にあたります。女声2部合唱で作曲されており、日本で最初につくられた合唱曲です。東京都墨田区では区民の愛唱歌に指定されています。
隅田川は桜の時期だけでなく花火大会も有名です。スカイツリーが建設されたことにより、さらに多くの人が訪れる場所になりました。
曲の中で1番は昼間、2番は朝と夕方、3番では夜の情景についてそれぞれ描かれています。
1番の「のぼりくだりの 船人」とは、明治時代隅田川でさかんに行われていたボートレースのことです。
3番の「長堤」とは長い土手のことです。隅田川の氾濫を防ぐために、江戸時代にいくつかの土手が築かれました。代表的なものは地名にもなっている日本堤で、600m以上の長さがあったようです。
関東大震災の後堤は壊されてしまい、この曲の中で描かれている景色はなかなか見ることができませんが、春の訪れの喜びを最大限表現できるよう、明るい母音で歌いましょう。
拍頭に助詞が重なっていることが多いです。不自然に強調されないよう、言葉の頭を大切に。七五調の整ったリズムの詩ですので、歌う前にぜひ音読してみてください。
楽譜には強弱記号がとても細かく指定されています。1・2・3番でクレッシェンドやディミヌエンドのタイミングも少しずつ違います。
全てを忠実に再現することはなかなか難しいですが、まずは意識するところから始めてみましょう。
今年の桜は咲くのが早く、すでに葉桜になっている地域も多いかと思いますが、まだまだ春は続きます。「花」を歌って、春の雰囲気を満喫してください。